みちしるべのないみち の みちしるべ

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2009年07月21日 (16:30)

男の笑顔

優勝の実績を残して阪神監督を勇退された星野仙一氏。
(元記事を書いたのはずいぶん前のことです。阪神ファンなら判る?)

星野仙一
              
写真は中日監督時代の1997年のキャンプ初日、来客を迎える星野氏です。


*    *    *    *    *    *    * 


タクシー運転手は静かに話し始めた。


1997年のシーズン前のことです。
私の弟は名古屋で葬儀屋の運転手をしていました。
その弟が星野氏の奥様の葬儀の際、奥様をお載せする霊柩車の運転手をつとめさせていただきました。


星野氏は大勢の弔問客に涙をこらえながら、

『妻は ナゴヤドームでお父さんの胴上げを見たいね。それまで生きていたい、と言い続けていました』

と挨拶していたそうです。


火葬場へ出発の時、星野氏が、

『霊柩車に乗るのは自分一人にして欲しい』

と言うので弟はそのとおりにしました。


そして出発後、今度は

『ナゴヤドームヘ行って下さい』

と言います。
弟は驚きましたが これも言われるとおりにしました。
時間にも余裕があったんでしょう。


小雨の降る中、霊柩車は真新しいドームを1周し、雨がよけられる場所に止まりました。

『家内の棺を出したいので手伝って下さい。
全部下ろさなくてもいいですから...下ろせるところまで下ろしたいのです』


弟は少しの畏れを抱きながらも お手伝いました。 棺は頭の方を車にかけ、斜めに下ろされました。

『運転手さん 5分間だけ泣かせて下さい』

そう言った星野氏は 棺にすがりつき 泣いたそうです。

『なぜ死んだんだ。ドームでパパの胴上げを見たいね。
それまで頑張ると約束したではないか。かあさん なぜ死んだんだ!』


『必ず優勝して見せる。かあさん 見守っててくれ』

そして霊柩車は星野氏と奥様を乗せて ふたたび火葬場へ向かいました。


(これは中日の公式HPに掲載されたものを手直ししたものです。)


*    *    *    *    *    *    * 


最初に掲示した笑顔の写真が撮影された日の前日、奥様が他界。
この翌日が葬儀の日でした。


*    *    *    *    *    *    *


名古屋ドーム元年として期待されたその年、中日は最下位でした。
星野氏が亡き奥様に約束した優勝を果たすのは1999年。
この出来事から3度目のシーズンでした。



   *     *     *     *     * 


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