みちしるべのないみち の みちしるべ

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2009年02月26日 (17:24)

容姿端麗

卯の花の さける垣ねに時ならで わがごとぞなく うぐひすのこゑ


私のように時に忘れられてしまったのか...
春は終わったはずなのに卯の花の咲く垣根でうぐいすが鳴いている。



小野小町は、809年、出羽の国・今の雄勝町小野字桐木田に生まれました。幼い頃より才女の誉れ高く13才にして都の風習や教養を身につけ宮中に仕えるようになります。
そんな小町に『通い小町』という能の題材にもなった話があります。


36才の時、宮仕えを終え小町は郷里へと帰りました。そこに深草少将という男が、小町恋しさに都から小野の里へやってきます。深草少将は恋文を小町へ送りましたが、彼女はすぐには会おうとせず

土手に毎日一株づつ芍薬を植えてください。その芍薬が百株になりましたら、お心にそいましょう

と返事をします。

この返事をきいた少将は毎日芍薬を植え続けます。そしていよいよ百本という日は降り続く秋雨に川は増水していました。周囲の者が止めるのを振り切って百本目の芍薬を手に土手へと向った少将は荒れ狂う川に流され命を落としてしまいました。

そして今、雄勝町小野字小町には深草少将が植えたとされる芍薬塚が残されています



六歌仙、あるいは三十六歌仙に名を連ねる小町の歌は、そのほとんどが恋の歌です。ですが実際の小町は男になびかない女性としてもその名が残っています。



花のいろはうつりにけりな いたずらに我身世にふるながめせしまに

天下の美女と言われた小野小町。その名を今に伝える代表作が自らの容姿の衰えを桜の花になぞらえ歌ったものだと言われているのも何かもの悲しさを感じさせます。



晩年の小野小町は世を避け暮らし、その生涯は92歳で閉じられました。



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