みちしるべのないみち の みちしるべ

  ◆いわゆるダイアリー ・・・ 日記  ◆百人一首をテーマに ・・・ 百人通り  ◆いわゆる随筆 ・・・ エッセイ  ◆気の向くままに ・・・ 散歩道  ◆音楽的思い出 ・・・ CD
 
 
♪ 野球少年だった長男・二男の、大学附属中学受験を振り返り中 ♪
        終わってみれば  ☆☆☆ 中学受験 ☆☆☆  穏やかな気持ち

2009年02月16日 (07:49)

いろは

いろはって諸行無常な歌なんです。知ってた?(笑)




いろはにほへと ちりぬるを    (色は匂へど 散りぬるを)  
     香りたつほどに美しく咲き誇る花も、やがて散ってしまう。

わかよたれそ つねならむ     (我が世誰そ 常ならむ)
     私たちの命も、永遠のものではない。

うゐのおくやま けふこえて    (有為の奥山 今日越えて)
     この無常の奥山を 今日乗り越えて

あさきゆめみし ゑひもせすん   (浅き夢見じ 酔ひもせず)
     もはや儚い夢に酔いしれることもなく 安らかな心境だ。




ところで、いろは歌を創ったのは...柿本人麻呂...っていう説があります。
その人麻呂、百人一首に歌を残しています。


あしひきの 山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝ん
     山鳥のしだり尾のように長い夜を一人で寝るんだなぁ。


季節は秋かな?秋の夜長って言うし。まぁ淋しい歌ですね。
あんまり淋しいので歌の季節から大きくずれた今日の桜を一枚。

   名残りの花

やがては無常に散ってしまうのに、名残り惜しそうに今日も咲いていた桜の花。
余計に淋しくなりますね。(笑)


(元記事は数年前の春に書いたので季節感がずれてます。(^ ^; )


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2009年02月17日 (08:34)

神無月に囲まれて...

人恋しと泣けば十三夜...by 井上陽水


神無月...神様が出雲に集まっちゃって他の場所では神様が留守。で神無月。あぁ秋真っ最中♪


秋と言えば 月 ですが、今年の中秋(仲秋)の名月・十五夜は9月18日でした。晴れてたっけ?記憶無し。(^ ^;
十五夜にお月見をしたら十三夜にもお月見をしないと具合が悪いという片月見っていう話もあるようです。まぁ十三夜もいいもんです。今年は10月15日だそうですよ。晴れるといいですね♪


ところで神無月・10月と聞くとまさに秋なんですが、旧暦で秋っていうと文月・葉月・長月、つまり7・8・9月なんだそうです。真ん中の8月が中秋で更に真ん中の15日の夜・十五夜がお月見の日なわけですね。もっとも十五夜は毎月あるわけで、8月15日は中秋の中の中秋になるわけですね。(わっかりずら~~笑)
ちなみにこの葉月の15日、100パーセント仏滅だそうです。(^ ^;

そんで長月の13日、十三夜は先負になるらしいですよ。意味分かりませんが...(爆)


月みれば ちぢに物こそかなしけれ
     わが身ひとつの秋にはあらねど

          大江千里

月を見てると何もかも悲しくなってくる...私だけの秋じゃないのに...

私はそんなことないですよ♪えへへ(^^♪



秋風に たなびく雲の絶間より
   もれいづる月のかげのさやけさ

          左京大夫顕輔

秋風にたなびく雲の絶間からもれる月明りは清々しいなぁ~

そうそう私はこんな感じ。爽やかなのね...イヤ...マジ...ホント...(笑)


(元記事は数年前に書いたものなので、暦にずれがあります。)


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2009年02月21日 (00:32)

吉野の冬

坂上田村麻呂は、東日本にいた蝦夷(つまり東夷)を討つために征夷大将軍となり、その役目を見事に果たしました。東夷からすれば理不尽な征服者であるはずの田村麻呂ですが、東北地方に残る伝記には彼に好意的なものが多いといいます。

             
久保の桜
《 久保の桜 》は樹齢およそ1200年のエドヒガン桜。

東北征伐の途中、田村麻呂は豪族・久保氏の家に宿をとります。
久保氏の娘、お玉は、かいがいしく世話をしているうちに田村麻呂を慕うようになりましたが、田村麻呂は征夷を終え京へ戻らねばなりませんでした。

お玉は食事もとれぬほどに田村麻呂を想い、ついには病にたおれ、そして田村麻呂の名を呼びつつ亡くなってしまいます。
このことを伝え聞いた田村麻呂は桜の木を送り、お玉の墓前へと手向けました。
その時の桜が今も花を咲かせる《 久保の桜 》です。



坂上是則は田村麻呂の子孫で、世に桜で知られる吉野を故郷と歌いました。

み吉野の 山の白雪つもるらし ふるさとさむくなりまさるなり


吉野の山では雪が積もっているらしい。古里は寒さが厳しくなってきてるんだな。



そして百人一首でもやはり吉野を歌っています。

朝ぼらけ有明の月とみるまでに 吉野の里に ふれる白雪

夜がほのぼのと明ける頃の月と見間違うほど輝いているのは、吉野の里に降り積もった白雪だったんだ。

桜の里・吉野にあって寒い冬を歌ったこの歌は、百人一首の中でも、脳裏に浮かぶ風景の美しさが際立っています。



東北の地に悲恋の桜とともに名を残す田村麻呂と、桜の名所の冬・白雪を詠む是則。
このちょっと不思議なバランスがなんとなく好きです。




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2009年02月24日 (07:46)

大化の改新

舒明天皇の皇子・中大兄皇子は645年,中臣鎌足(後に藤原姓を賜り藤原家の祖となった)とともに蘇我氏を倒し、以後20年の間,皇太子として改革を進めます。これが大化の改新です。
中大兄皇子は668年に即位し天智天皇となりました。

天智天皇は自らの子・大友皇子を愛し,太政大臣に任命しますが、大友皇子は天智天皇の死後、大海人皇子のおこした壬申の乱(672年) に敗れ自殺。勝った大海人皇子が即位し天武天皇となりました。

天武天皇の死後、その妻だった女性が即位し持統天皇となります。
天智天皇の改革は天武・持統さらに持統の孫・文武天皇にと引き継がれ、701年、大宝律令となって開花し日本は律令国家の道を歩むことになります。また、国号が倭から日本に変えられたのもこの頃です。

まるで日本史のお勉強のようです。(笑)


百人一首では、いの一番に天智天皇が登場します。

秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ

この天智天皇は中大兄の三山歌と呼ばれるものを残しています。

香具山は畝傍を愛しと耳成と相争ひき 神代よりかくなるらし 
古へもしかなれこそ うつせみも褄を争ふらしき


香具山の神は、畝傍山の神を愛し、耳成山の神と争った。
神代からこんな恋の争いがあったのだ。
神の昔もそうであったように、今も人は愛しい人をめぐって争うのだろう。



持統天皇が2番目に登場し、愛しい人を争った神の山、香具山を歌います。

春すぎて夏来にけらし 白妙の衣ほすてふ天のかぐ山

持統天皇は夫である天武天皇の死後、明日香から藤原へと移るとき

飛ぶ鳥の明日香の里を置きて去なば 君があたりは見えずかもあらむ

と歌ったと言われています。持統天皇、今は愛する夫、天武天皇と同じお墓に眠っています。


最後に登場人物の血縁関係を見てみましょう。

兄(天智天皇=中大兄皇子)の愛する息子(大友皇子)を殺したのが
弟(天武天皇=大海人皇子)。

兄(大友皇子)を殺した叔父(天武天皇)に嫁いだのが持統天皇。
その持統天皇の孫が文武天皇。

こんな関係にある天皇たちが改革を引き継いでいったんですね。
この時代の人たちの愛憎っていうのは、どうにも難しいです。



そうそう、飛鳥と書いてアスカと読むのは「明日香」の枕詞「飛ぶ鳥」から来ているんだそうです。




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2009年02月26日 (17:24)

容姿端麗

卯の花の さける垣ねに時ならで わがごとぞなく うぐひすのこゑ


私のように時に忘れられてしまったのか...
春は終わったはずなのに卯の花の咲く垣根でうぐいすが鳴いている。



小野小町は、809年、出羽の国・今の雄勝町小野字桐木田に生まれました。幼い頃より才女の誉れ高く13才にして都の風習や教養を身につけ宮中に仕えるようになります。
そんな小町に『通い小町』という能の題材にもなった話があります。


36才の時、宮仕えを終え小町は郷里へと帰りました。そこに深草少将という男が、小町恋しさに都から小野の里へやってきます。深草少将は恋文を小町へ送りましたが、彼女はすぐには会おうとせず

土手に毎日一株づつ芍薬を植えてください。その芍薬が百株になりましたら、お心にそいましょう

と返事をします。

この返事をきいた少将は毎日芍薬を植え続けます。そしていよいよ百本という日は降り続く秋雨に川は増水していました。周囲の者が止めるのを振り切って百本目の芍薬を手に土手へと向った少将は荒れ狂う川に流され命を落としてしまいました。

そして今、雄勝町小野字小町には深草少将が植えたとされる芍薬塚が残されています



六歌仙、あるいは三十六歌仙に名を連ねる小町の歌は、そのほとんどが恋の歌です。ですが実際の小町は男になびかない女性としてもその名が残っています。



花のいろはうつりにけりな いたずらに我身世にふるながめせしまに

天下の美女と言われた小野小町。その名を今に伝える代表作が自らの容姿の衰えを桜の花になぞらえ歌ったものだと言われているのも何かもの悲しさを感じさせます。



晩年の小野小町は世を避け暮らし、その生涯は92歳で閉じられました。



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2009年03月01日 (09:40)

水の法師

都をば 霞とともにたちしかど 秋風ぞふく白河の関
春の霞とともに都を旅立ったのに、白河の関に着いた時には、もう秋風が吹いている。

有名なこの歌を思い出すまでもなく能因といえば、西行芭蕉がみちのくを歩くきっかけとなった歌人です。


その能因、なぜか水に縁があります。



大山祇神社に天然記念物・樹齢3000年と言われる「雨乞いの楠」があります。
1100年ごろ伊予国守藤原範国に招かれた能因

天の川 苗代水にせきくだせ 雨降ります神ならば神
と詠んで祈り、伊予国に3日続きの雨を降らせたと伝えられています。



また能因は生活水として「花の井」と呼ばれている井戸を使っていました。

あし引きの山下水に 影みれば 眉しろたへに 我老にけり

と歌った「山下水」というのは「花の井」の別名ということです。
さて、この歌にみられるように、「花の井」に写る自らの姿に老いを感じた能因は「不老水」と呼ばれる泉を見つけ出し不老不死を求めます。
法師のイメージと不死への執念、その奇妙な取り合わせには何か得体の知れない怖さがあります。


およそ千年のときを経て、「花の井」「不老水」ともに史跡として残されていますが、あまり手入れはされていないようです。「雨乞いの楠」は枯れているとも聞きます。
白河の関」はずいぶん前に一度訪れたことがありますが車で走っていると気付かずに通り過ぎてしまいかねないような寂しい佇まいでした。
能因法師の墳墓も残されていますが、見つけ出すことさえ難しいような状態だといいます。

西行や芭蕉が憧れた能因を今に伝える史跡としては少し淋しいような気もします。



最後になりますが、百人一首では 
 

あらし吹く 三室の山のもみぢばは 龍田の川の にしきなりけり

奈良県生駒の三室山(みむろ山には神の降りる山という意味もある)と竜田川を歌ったこの歌が選ばれています。


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2009年03月07日 (08:07)

夏は来ぬ

石庭で有名な龍安寺は元々は徳大寺家の邸でした。
風雅なこの寺に鏡容池と呼ばれる大きな池があり、これが実定の造ったものと伝えられています。

龍安寺・鏡容池


ほととぎす鳴きつる方をながむれば ただ有明の月ぞのこれる

徳大寺実定


なんとなく懐かしい感じがするのは、きっとこの歌を思い出したからだと思います。


      夏は来ぬ  

卯の花の匂う垣根に 時鳥 早も来なきて 
忍音もらす 夏は来ぬ


さみだれのそそぐ山田に 早乙女が裳裾ぬらして
玉苗植うる 夏は来ぬ


橘のかおる軒場の窓近く 螢飛びかい 
おこたり諌むる 夏は来ぬ


棟ちる川べの宿の門遠く 水鶏声して
夕月すずしき 夏は来ぬ


五月闇螢飛びかい 水鶏なき卯の花咲きて
早苗植えわたす 夏は来ぬ


佐々木信綱 作詞
小山作之助 作曲



私の年代で、この歌を懐かしいって思うのも、どうかとは思いますが...



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2009年03月10日 (16:33)

忍ぶ恋

恋すてふ わが名はまだき立ちにけり 人しれずこそ思ひそめしか

壬生忠見

恋をしていると噂になってしまった。人知れずひそかに思い始めた恋なのに。


壬生忠見はこの歌を発表すると間もなくこの世を去ってしまいます。

この歌は、実はそれをテーマにした歌合でとりを飾る勝負に出品された歌です。
史上まれに見る好勝負となったこの歌合で締めの戦いに合いまみえた相手は平兼盛


しのぶれど 色にいでにけりわが恋は 物や思ふと人のとふまで

平兼盛

秘密にしていた恋心なのに顔に出てしまったのか?
何を悩んでいるの?と、人が尋ねるほどに。



この歌合では平兼盛が勝利をおさめます。(かなり微妙な判定だったらしい)
敗れた壬生忠見はショックのあまり病にたおれてしまいました。(拒食症?)
この時代の歌人たちの歌に賭ける思いの凄まじさを感じさせられます。

もっともこの歌合、チーム戦では壬生忠見の側が勝利しています。
このあたりの話は「陰陽師」でもご覧になって下さい。私は見てませんが(^ ^;



勝者・平兼盛は長生きをして素敵な歌をたくさん残しています。中から2つ。


雨やまぬ軒の玉水 かずしらず 恋しきことのまさるころかな

降り続く雨の中、軒から落ちる雫が数え切れないように
私の恋心も限りなくふくらみ続けています。

はぁ、きれいですね。
でも、恋とは無縁と言う方に(笑)


世の中に うれしき物は思ふどち 花みてすぐす心なりけり
この世で嬉しいことと言えば、気楽に花を眺めて過ごす時の心地よさですね。


この花はホントは桜なんでしょうが、まぁ、それぞれの季節、何でも良いでしょう。

とりあえず、ホッとしましょうよ。(^^♪ 
 


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2009年03月12日 (23:02)

望郷の月

あの月は、あそこで見た月と同じなんだなぁ

どうということも無い一言に見えます。



阿倍仲麻呂(安倍仲磨)は、698年(文武2年)中務大輔・阿部船守の長男として生まれました。
秀才だった仲麻呂は19歳で第8次遣唐使団の一員として717年(開元5年)長安に派遣されます。

その後、超難関の科挙の進士科の試験に合格、唐の高官として順調に昇進を果たすことになり、一緒に唐へ渡った人たちが帰国する中、仲麻呂はその優秀さゆえに帰国を許されず異国の地に長く留まることになります。
30余年の月日が流れた753年、第10次遣唐使団の帰国にあわせて唐側の使節として日本への一時帰国がようやく許されます。
この時、日本へ向った船は4艘。その1艘目に仲麻呂は乗船しました。


唐の友人・王維は別れを惜しみ詩を残しています。

積水不可極  海の広さは極めようも無い 
安知滄海東  はるか東の君の国などわかるはずもない
九州何処遠  世の中ある九つの州、その中でも日本が一番遠く思える
万里若乗空  空に乗っていくほど遠い道のり  
向国惟看日  太陽を目あてに  
帰帆但信風  帆を風にまかせ行くのか  
鰲身映天黒  海亀は天に映え黒く
魚眼射波紅  魚の目は波を射って紅く光る 
郷国扶桑外  扶桑の生える島より彼方の
主人孤島中  孤島へ行く君 
別離方異域  あまりに遠く離れ 
音信若為通  連絡をとることさえ出来ないだろう 


しかし、この船団は今の沖縄に着いた後、奄美へ向う途中で嵐にあいます。
他の3艘は日本へ辿り着きますが、皮肉にも仲麻呂の乗った1艘目だけがこの嵐によってベトナムへと流されてしまいます。
この時170人以上の人たちが命を落としたと伝えられていますが仲麻呂は奇跡的に命をつなぎ、755年6月、長安へと戻りました


仲麻呂の遭難を嘆き

日本晁卿辞帝都  日本の友は長安を辞し
征帆一片遶蓬壷  一片の帆は蓬壷の島を巡り去った
明月不帰沈碧海  輝かしい友の明日は青い海に沈み帰ることはない
白雲愁色満蒼梧  白雲の蒼梧山は悲しみに満ちている


と、その悲しみを詩った李白ら唐の友人たちの驚きと喜びは大変なものだったようです。
王維李白、そして皇帝玄宗...仲麻呂を語る時に出てくる登場人物が、彼の唐での地位を物語ります。


仲麻呂ははその後も異国の地で出世を続け大都督という地位にまで登り、770年、その生涯を終えました。72歳でした。
多くの友に囲まれ出世も果たした仲麻呂ですが、望郷の思いは、ついに叶うことはありませんでした。
   


天の原ふりさけみれば春日なる 三笠の山に出でし月かも

この歌は結局は遭難してしまう、日本へ向う船上で詠まれた歌と伝えられています。
もう一度、故郷の土を踏み、あの月を三笠山の上に見たい
仲麻呂の果たせなかった思いが、千年の時を越えて胸を打ちます。



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余談になりますが仲麻呂とともに日本へ向かい、難を逃れた2艘目の船の中に鑑真上人がおり、その後の日本に大きな影響を与えています。


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2009年03月17日 (23:31)

愚痴る女

古典と聞くとなんだかとっつきにくいですね。正直言って私も苦手です。


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なんかムカつくこと

急いでんのにダラダラ話して帰んない奴。
どうでもいい奴なら追っ払っちゃえばいいんだけど、偉い奴だったりしたら始末に終えないわ。
硯に髪の毛が入っちゃたり、それに気付かないで墨で摩っちゃたりしたら最悪!
それに墨に石なんか混じってたりしたらキーキーいやな音がすんのよね。
あ~ムカつく

急病人がでたからお医者さんを迎えに行かせたのに、お医者さんがいない!
他を捜す時間のチョー長いこと!!
やっと見つかったと思えば疲れちゃってて眠そうに治療される。
そんなんあり?

とりえも無いくせにやたらとにこにこしゃべりまくる奴もいるし。

ストーブとかに手を裏表ひっくり返したりしながら手をかざしたり、スリスリしてたり。
ひどいのになると足まで持ち上げてスリスリすんのよ!
こういうのってたいていがト・シ・ヨ・リ。
そんな奴に限って人のそばに来てばたばたほこりをまき散らして座んのよ!
それも座ったらじっとしてりゃいいのにふらふらしちゃってさ。
それが、そこそこのお偉いさんだっていうんだから笑っちゃうわ。
フンッ!

アルコールが入ると調子に乗って、口とか髭とか撫でながら注ぎまわってくる奴。
ヘンな踊り踊っちゃってさ。それもお偉いさんだからまた笑っちゃうわよ。
フンッフンッ!

自分は苦労ばっかり、みたいなこと言って他人を羨んでばかり。
人の噂話が好きでちょっとしたことでも教えないとブーブー言う奴。
教えたら、まるで最初っから知ってたみたいに話しまくる奴!

静かにして欲しい時に限って泣く赤ん坊。
集団になったカラス。
そーっと忍んで来てくれる男を見つけて吠える犬。

せっかく隠れたのに寝ちゃっていびきかく奴。
お忍びで来るならその長烏帽子はやめろっ!
そんで簾とかに引っ掛けてでかい音たてるの。だから烏帽子はやめろって言うのよ!
もうちょっと気を使いなさいよ。
とびらや襖とか開ける時もちょっと持ち上げればいいのよ。そうすれば音なんてしないの!

寝よって思ってるのに蚊がプ~~ンって。イヤァ~~~!!!

おんぼろ車でガタガタ音がしてるのに乗ってる奴。
そんな車に乗せられちゃった日にゃ持ち主を恨むわね。

楽しく話してる時にでしゃばって勝手に盛り上がる奴。
ちょっと可愛がったら、しょっちゅう来て散らかしてくガキンチョ。
やな奴が来たから狸寝入りしてるのにわざわざ起こそうとする奴。
来たばっかりなのに何でも知ってるような顔して世話を焼いてくる奴。
あぁ~やだっ!

彼氏が他の女性を褒めるのってムカつく。デリカシーの問題よね。

うにゃうにゃくしゃみをする奴。
ご主人でもないのにでかいくしゃみをする奴。

蚕も嫌い。
犬が集まってやたらに遠吠えするのも嫌い。狼かよっ!

出たり入ったりでドアを閉めない奴。

あぁ~~ムカつく!!

*     *     *     *     *     *


延々と愚痴ってますが、これは「春はあけぼの...」で知られる日本を代表する古典・清少納言枕草子にくきもの」の段です。(訳・みこのす)
なんだか誰かさんと変わらないみたい。(誰かさんて、誰? 笑)
古典だからって構えないで気楽に読んでみたら良いってことですね。

清少納言百人一首では  
 

夜をこめて 鳥のそらねははかるとも よに逢坂の関はゆるさじ

と歌っています。これはちょっとエッチぽい歌なんだそうです。
清少納言てすっごく普通の女性っぽいですね。


なんだか妻にもエッセーを書かせてみたい気がしてきます。
大ヒットするかも...



   *     *     *     *     * 


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